CEFRと日本語教育の参照枠の関係
1. はじめに
2024年、日本語教育において大きな変革が行われました。「日本語教育機関等認定法」の施行により、日本語教育機関の認定制度や国家資格としての「登録日本語教師」制度が開始されたのです。その準備段階と言えるでしょうが、2021年には日本政府(文化庁、2024年度から文部科学省)は「日本語教育の参照枠」を初めて発表しました。これは「ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)」の概念を基に作成されており、国際的な言語教育の潮流を踏まえたものとなっています。
2. CEFRの背景と理念
CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠 Common European Framework of Reference for Languages)は、欧州評議会(Council of Europe: CoE)が2001年に発表した言語教育の指針であり、補遺版(CEFR-Companion Volume: CEFR-CV 2020)が現在主に用いられているものです。40以上の言語に翻訳され、国際的に言語教育の基準として広く採用されています。CEFRの目的は、言語教育の透明性・継続性を高め、学習や評価の共通基準を確立することを目指し、言語教育関係者間のコミュニケーションを促進し言語学習・教育の質的向上を図ることにあります。
CEFRの策定は、第二次世界大戦後のヨーロッパ、さらに東西冷戦後のヨーロッパにおいて「民主主義・人権・法の支配を重視すると標榜する加盟国」で人的交流の促進を目的としており、1960年代からの言語学・応用言語学の研究成果を基に進められました。1990年にスイス政府の支援を受け、研究が加速し、2001年に正式にストラスブールのCoE本部の言語政策部門(当時)から発表されました。以来、欧州評議会のメンバー国(2024年現在46カ国)では言語の種類を問わず、言語教育政策の推進のための基本的ツールとして用いられています。
CEFRの理念は以下の5点にまとめられます。
(1) ヨーロッパ域内の人的交流の促進
(2) 民主的ヨーロッパ市民のアイデンティティ形成
(3) 生涯学習の推進
(4) 複言語・複文化主義の尊重
(5) 少数言語の保護
3. CEFRの教育理念
CEFRは、「行動中心アプローチ」を基盤とし、知識の蓄積よりも、実際に言語を使う能力を重視しています。「言語の知識量」でなく「言語で何ができるか」ということ(Can do記述と呼ぶ能力記述文)で大きく6つのレベル(下からA1, A2, B1, B2, C1, C2)に分けられています。学習者は「社会的行為者」として捉えられ、単なる受動的な学習者ではなく、目標を持ち主体的に学び行動する存在とされています。
CEFRの教育理念は、以下の4つの点に要約できます。
(1) 知識の蓄積ではなく、コミュニケーション能力の育成
(2) 教師中心から学習者中心への転換
(3) 受動的ではなく、自律的学習者の育成
(4) 学齢期に限定しない生涯学習の重視
また、全ての学習者が母語話者レベルを目指す必要はなく、「部分的能力」も評価の対象となっています。このような柔軟な視点が、学習者の主体性を尊重し、個々の学習状況に適応した教育の提供を可能にしていると言えるでしょう。
4. CEFRの特徴と日本語教育の参照枠への影響
CEFRの特徴として、次のような点が挙げられます。
(1) 実社会での言語運用能力を重視する
(2) 「できないこと」ではなく「できること」に焦点を当て、学習者のモチベーションを向上させる
(3) 透明性の高い教育システムを構築し、多様な教育環境に対応可能
(4) オンライン言語使用や手話など、現代の言語環境の変化に適応しながら進化を続ける
「日本語教育の参照枠」は、CEFRの理念を取り入れつつ、日本語の特性や学習者の多様性、特に学習目的に対応する形で策定されました。従来、「留学」分野の日本語教育は長い歴史を持っているが、「就労」「生活」という分野が新たに必要性が高い上に全国でまだ手薄なため、この3分野(留学、就労、生活)に分けて考えられるよう例が示されています。また「漢字を含む文字の扱い」については、日本語独自の学習課題が考慮されています。日本語教育の言語教育観として、日本語教育の参照枠は、以下の3つの柱を基に構成されています。
(1) 学習者を社会的存在として捉える(社会参加を前提)
(2) 言語を使って「できること」に注目する(知識量よりも運用能力を重視)
(3) 多様な日本語使用を尊重する(必ずしも母語話者を目指す必要はないことと、地方の方言や職場等の言葉も尊重すること)
CEFRでは「複言語・複文化主義」が重視されており、学習者の持つ複数の言語や文化的背景を活用することが推奨されています。しかし、日本語教育の参照枠では、複言語・複文化という言葉は明示的に用いられていないものの、社会参加や多様な日本語使用を尊重する観点から、同様の理念が内包されていると言えるでしょう。

5. 子どもの日本語教育
CEFRは主に成人の言語(特に外国語あるいは第二言語)教育を前提として設計されているため、子どもへの適用には慎重な検討が求められます。特に、CEFRのレベル別能力記述は、社会的・認知的発達を考慮していないため、年少者用のことばの力の発達の指針となる枠組みは、彼らの家庭言語・母語の発達を阻害しないことも視野に入れて、別途開発する必要があります。日本では、外国につながる子どもの教育環境整備が進められており、文部科学省は「日本語指導が必要な児童生徒」への支援を拡充しています。(2025年度に事業の成果が発表される予定です。)
6. まとめ
「日本語教育の参照枠」は、CEFRの枠組みを参考にしつつ、日本語の特性や学習者の多様性を考慮して策定されました。CEFRの「行動中心アプローチ」や「学習者中心の教育観」は、日本語教育にも適用可能であり、学習者が実際に日本語を使いながら社会参加できる教育が求められています。
また、「複言語・複文化主義」の視点を活かして学習者の持つ能力や言語レパートリーを活かしつつ、日本語を母語話者レベルで習得することを唯一の目標とするのではなく、多様な日本語使用を尊重する教育方針が重要です。今後、「日本語教育の参照枠」を活用し、学習者にとってより実践的で柔軟な言語教育が実現されることが期待されます。
2010年11月6日 講演 「日本語教育における評価とアセスメント」(於香港大学)
2010年11月27日 日本語教育国際シンポジウム 「JLC日本語スタンダーズの今後の展望」にて報告「言語教育における到達度評価制度について−CEFRを利用した大阪大学の試み−」(於東京外国語大学) (詳細と申し込みはポスター参照)
口頭報告「到達度評価(CEFRとNS)-大阪外大の試み-」(中国語教育学会・高等学校中国語教育研究会 合同全国大会にて)
「言語教育における到達度評価制度に向けて —CEFRを利用した大阪外国語大学の試み— 」(間谷論集 創刊号)
大阪外大のアメリカ協定校における外国語教育視察報告 (アメリカの National standards についての話)
国際シンポジウムについて (パネルディスカッション報告へのリンクあり)
2005年3月から9月までドイツを中心にヨーロッパで調査を行ないました。その経過報告です。
2006年と2007年にアメリカで調査を行ないました。報告を掲載する予定です。
2007年夏にストラスブールとグラーツで調査を行ないました。その報告です。
「大学フォーラム 2009: 東南アジアにおける日本語・日本文化教育の21世紀的展望 − 東南アジア諸国と日本との新たな教育研究ネットワークの構築を目指して」
2009年3月から2010年3月までの活動記録です
金沢大学 シンポジウムでの講演「大学の外国語教育におけるCEFRを参照した到達度評価制度の実践 −大阪大学外国語学部の事例を中心に−」