真嶋潤子とCEFR

CEFR 2001からCEFR-CV 2020で変わらないことと変わったこと


1. はじめに
 ここでは、2001年に欧州評議会が発表した「ヨーロッパ言語共通参照枠 (CEFR)」と、その改訂版である2020年の「CEFR-Companion Volume (CEFR-CV)」(補遺版、随伴版などと呼ばれている)の相違点について説明します。CEFRは、(欧州評議会加盟国間において)言語教育の共通基準を提供し、各国・各言語の言語能力評価に共通枠組みを提供することで言語学習・教育の促進や質的向上を目的として作られた。CEFR-CVはその理念を継承しつつ、社会の変化や学術的な進展を反映し、より明確で包括的な枠組みを提供しています。

2. CEFR-CVの概要
 CEFR-CVの目的は、言語教育の視野を広げ、言語学習の現実に即した枠組みを提供することにあります。2001年版のCEFRは、主に6つの能力レベル(A1, A2, B1, B2, C1, C2)を設定し、ヨーロッパの言語教育の共通基準として機能しました。しかし、その文章が複雑で読みにくいことや、社会の変化に対応しきれていないという批判がありました。そのため、CEFR-CVでは説明の明確化、新たな能力記述の追加をはじめ、時代に即した改訂追加が行われています。

3. CEFR-CVでの主な変更点
CEFR-CVでは以下の点が新たに加えられました。

(1) 言語の包括性(あるいは多様性)の強化
(2) 手話を含めた多様な言語モードを考慮
(3) 記述を社会的に中立な表現に変更
(4) 新たなレベルの追加
(5) Pre-A1レベル(A1の前段階)の導入
(6) A1とCレベルの記述の精緻化
(7) 言語能力記述の精緻化
(8) 「聞くこと」「読むこと」のスキルの詳細化
(9) 音韻論的な能力について新たなスケールを設定
(10) メディエーション(仲介)の導入
(11) 言語を介した情報伝達だけでなく、異なる文化や概念の橋渡しを重視
(12) 3つの仲介カテゴリー(テキストの仲介、概念の仲介、コミュニケーションの仲介)の導
(13) オンライン・インターアクション
(14) デジタル環境における言語使用のための能力記述を追加
 
4. CEFR-CVの理念
 CEFR-CVの理念は、従来の「言語の教育」から「社会的存在としての学習者」を重視する方向へと進化しています。その背景には、以下の4つの目的があります。

(1) 現代語の学習と教育の推進
(2) 異文化間対話の促進
(3) 言語的・文化的多様性の保護
(4) 全ての(ヨーロッパ)人の質の高い教育を受ける権利の推進

CEFRの理念は、言語を単なる情報伝達手段のコードとするのではなく、社会的なコミュニケーションツールとして捉えることにあります。

5. 言語教育観の変遷
 従来の言語教育は、文法知識と語彙と音韻を覚えさせて翻訳すること(教養目的の文法訳読法)から始まり、言語の四技能(読む・書く・聞く・話す)を中心としたモデルが主流でした。そこでは言語学者が必要だと考える知識が主に構造主義的な考えに基づいて、単純なものから複雑なものへという配列で提示されてきたのです。しかし、1980年代以降、「コミュニカティブ・アプローチ」により、実際のコミュニケーションを重視する方向へと変化してきました。
 CEFRはこれをさらに発展させ、学習者を「社会的行為者 (social agent)」と位置付けています。これにより、学習者は受動的な知識記憶(習得)者ではなく、能動的に言語を使用し、他者と関わりながら学ぶ存在として認識されるようになりました。
 CEFR-CVでは言語の四技能を発展させ、「受容活動(読む・聞く) Reception」「産出活動(話す・書く)Production」「インターアクション(相互行為)Interaction」「メディエーション(仲介活動)Mediation」の四つの活動に拡大して整理し直してます。

6. CEFR-CVの具体的な特徴
CEFR-CVでは、従来の枠組みを補完する形で、以下の概念が強調されています。

(1) 行動中心アプローチ (Action-Oriented Approach)
(2) 言語学習をタスクベースで捉え、実際の社会で使える言語能力を養成する。
(3) シナリオを用いた学習設計を推奨。
(4) 「CEFRプロファイル CEFR profiles」と称される学習者個別のプロファイル(横顔)の説明が加えられている。
(5) 学習ニーズは、個々の横顔が異なるように異なるものだと捉え、学習者や学習時期によるニー ズ分析や目標設定を柔軟に行う必要があることを重視。
(6) メディエーション(仲介)
(7) 異なる言語や文化の間で意味を仲介する能力を重視。
(8) 3つの仲介カテゴリーを設定。
(9) 複言語・複文化主義 (Plurilingualism & Pluriculturalism)
(10) 単なる「多言語主義 (Multilingualism)」ではなく、異なる言語・文化を統合的に活用する能力を重視。
(11) 学習者が持つ既存の言語レパートリーを活かすアプローチ。
(12) オンライン・インターアクション
(13) デジタル時代に即したコミュニケーションの形態(SNS、ビデオ会議など)に対応。
(14) 音韻論的能力
(15)「ネイティブに近づく」ことよりも「明瞭な発話」を重視する評価基準へ。
 
7. メディエーション(仲介)の概念
 CEFR-CVでは、メディエーション(仲介)を言語教育の重要な要素として明確化しています。これは、単なる通訳・翻訳ではなく、異なる文化や考え方を橋渡しする行為も含んでいます。

(1) テキストの仲介
(2) 異なる言語の間で情報を伝達。
(3) 概念の仲介
(4) 異なる背景を持つ人々の間でアイデアを整理・調整。
(5) コミュニケーションの仲介
(6) 立場の異なる人々の間で合意形成をサポート。

これにより、言語教育は単なるスキル習得から、コミュニケーション能力の育成へとシフトしています。
*「メディエーション」については、その用語が使われる様々な歴史や文脈があって広すぎてわかりにくいため、言語教育においては簡潔にして教育実践に活かしているというドイツはヴィスバーデンのある語学学校の責任者の話を聞いた(2025年2月)ので、これについてはまた別途紹介するつもりです

8. おわりに
 CEFR-CVの導入により、言語教育の枠組みは大きく変化しました。特に、社会的存在としての学習者を重視する姿勢、行動中心アプローチの強化、メディエーションの導入などがその特徴です。
 また、ヨーロッパ以外の言語教育にも影響を及ぼし、日本においても「日本語教育の参照枠」などの形で適用されています。今後も、社会の変化に対応しながら進化を続けていくことが予想されます。
 
 
 


2010年11月6日 講演 「日本語教育における評価とアセスメント」(於香港大学) 
 
2010年11月27日 日本語教育国際シンポジウム 「JLC日本語スタンダーズの今後の展望」にて報告「言語教育における到達度評価制度について−CEFRを利用した大阪大学の試み−」(於東京外国語大学) (詳細と申し込みはポスター参照) 
 
口頭報告「到達度評価(CEFRとNS)-大阪外大の試み-」(中国語教育学会・高等学校中国語教育研究会 合同全国大会にて)
 
 言語教育における到達度評価制度に向けて —CEFRを利用した大阪外国語大学の試み— 」(間谷論集 創刊号)
 
大阪外大のアメリカ協定校における外国語教育視察報告 (アメリカの National standards についての話)
 
 国際シンポジウムについて (パネルディスカッション報告へのリンクあり) 
           
2005年3月から9月までドイツを中心にヨーロッパで調査を行ないました。その経過報告です。 
 
 2006年と2007年にアメリカで調査を行ないました。報告を掲載する予定です。
 
 2007年夏にストラスブールとグラーツで調査を行ないました。その報告です。
 
「大学フォーラム 2009: 東南アジアにおける日本語・日本文化教育の21世紀的展望 − 東南アジア諸国と日本との新たな教育研究ネットワークの構築を目指して」
 
 2009年3月から2010年3月までの活動記録です
金沢大学 シンポジウムでの講演「大学の外国語教育におけるCEFRを参照した到達度評価制度の実践 −大阪大学外国語学部の事例を中心に−