パネルディスカッションのまとめ
真嶋潤子(大阪大学)

1.概要
 フォーラム2日目午後のパネルディスカッションでは、それに先立つ3分科会での報告を踏まえ、東南アジア6カ国と日本の計7名のパネリストから各国の日本語日本文化事情と課題、そして将来的な連携についての発表が行われた。各人約10分という極めて限られた時間であったが、ほぼ予定通り進行した。休憩をはさんで、2名のコメンテーターからのコメントとパネリストへの質問を加え、司会者を含め計10名で今後どのように連携していけるかを考えていこうとした。

2.実施スケジュール
14:10−15:40
 <目的と進行方法について> モデレーター:真嶋潤子
 <各国報告>
 アハマッド・ダヒディ(インドネシア教育大学)
 ウォーカー・泉(シンガポール国家大学)
 チョムナード・シティサン(タイ・チュラーロンコーン大学)
 ヴィエット・フォン・ギェン(ベトナム・ハノイ大学)
 メーリアン・ガイタン・バロコッド(フィリピン大学)
 モハマッド・ガザリ・ビンダイブ(マレーシア教育省国際言語教員養成大学)
 岩井康雄(大阪大学)
15;40-16;05 <休憩・コーヒーブレーク>
16:05-16:55<コメント・質疑とパネルディスカッション>
 コメンテーター  西口光一(大阪大学)
 コメンテーター 堀川智也(大阪大学)
16:55-17:05 <総括> 真嶋潤子

3.議論の内容と成果
 日本語・日本文化教育の長い歴史の中で、今回のように東南アジア諸国(インドネシア、シンガポール、タイ、ベトナム、フィリピン、マレーシア)の第一線で活躍中の専門家が一同に会して話し合う機会は初めてのことであり、意義深いものであった。
 このディスカッションで浮かび上がってきたのは、大きく4つの側面であった。(1)各国の日本語学習者の日本語能力・日本語運用力の増強のための留学生交流の促進である。(2)優秀な教員に現場の日本語指導に当たってもらえるよう、教員養成の充実を図ることである。(3)日本語・日本文化研究、日本語教育学の分野における学術研究を進めることである。そのためには、研究の推進と若手研究者の育成という側面があるだろう。そして(4)は、中等教育の充実をいかに図っていくかというテーマである。
 日本を含めた7カ国のパネリストからは、現状と課題について、個別の問題や特徴を含んで発表があった。このパネルディスカッションに登壇した東南アジア6カ国の日本語・日本文化教育の状況を見ると、各国の進展段階に差があり、非常に興味深く感じたのはモデレーターの私だけではあるまい。中等教育でも日本語教育を行っているが、教員の日本語能力が十分高くなく、なかなか成果を上げられないという課題は複数の国で共有されているが、高等教育レベルでも中級以上の日本語の授業すら開講されているところが少ないという状況に悩んでいるのは、フィリピンであった。中等教育の教員養成の充実を図るため、日本への留学機会を増やしたいというのはインドネシア、ベトナム、マレーシアが並び、独自の色合いが濃いシンガポールでは日本の大学との交流にも努力され、様々な工夫がなされているという報告があった。中等教育の充実化に力を入れる段階はすでに終えて、日本語・日本文化研究の分野における研究者養成に力を入れているのが、タイである。タイは、全世界の非漢字圏の国の中では日本語能力試験1級受験者が一番多いことに示されるように、堅実に中等教育から日本語学習者の能力を高めることに成功してきている。
 コメンテーターの西口氏からは、留学生交流の活発化の側面から、文部科学省「留学生30万人計画」に呼応しつつ大阪大学でも留学生を増やそうとしていることや、提供している様々なプログラムの紹介があった。同じくコメンテーターの堀川氏からは、今回直接このように関係者が会したことの意義が強調され、東南アジアの今後の学術研究推進とネットワーキング、さらに情報発信・共有のために、『ASEANの日本語・日本文化研究』といった学術雑誌の刊行が提案された。

4.展望
 これまでの東南アジア諸国の日本語・日本文化教育については、各国対日本という「1対1対応の交流」として考えがちであった。実際今回のパネリストも興味深いことに、いつも眼は日本を向いていて、マレーシア来訪は初めてだという人がほとんどであったことは象徴的である。しかし、隣国での日本語・日本文化教育研究に関する情報を共有することは、相互に良い刺激にもなるので、岩井氏が言うように「持続可能性sustainability」を考え、この地域での「ゆるやかなネットワーク」を作ることができるのではないだろうか。
 折しも日本の新政権がASEANを重視するという方針で、時代的な位置づけが良いこともあり、このフォーラムが東南アジアにおける日本語・日本文化教育の発展を加速させる起点となることが望まれる。