通訳・翻訳者養成プログラム調査報告
−ドイツ・フランスの事例−
真 嶋 潤 子
1 はじめに
今回私は、ドイツとフランスの優れた翻訳・通訳養成プログラムを擁している教育機関を調査する機会に恵まれた。両国の複数の大学関係者に尋ねたところ、下記の(1)(2)(およびザールブリュッケン大学)がドイツの、(5)がフランスの、最高の通訳・翻訳者養成プログラムであるという返事を得た。そのうち調査のできなかったザールブリュッケン大学を除いて、5つのプログラムを調査した報告を以下にまとめる。なお(4) デュッセルドルフ大学は文学翻訳科であり、他の機関とは設立の主旨を異にする。調査に赴いた当時、本学に設置が検討されていた専修コースの参考になればと思ったので、デュッセルドルフ大学についてはあまり深く調査しなかった。
調査方法は、まずインターネットホームページでの情報収集を行い、内容を理解してから約束の取り付けられたところはそれに従って訪問した。夏期であったため、あいにく担当者に会えなかったところもあるが、(1) (5)では関係者にインタビューし、説明を受け、案内してもらうことができた。
主要調査機関は以下の5箇所である。この他に情報収集を行うにとどめたところがドイツ・ケルン大学など数カ所ある。
(1) ハイデルベルク大学翻訳・通訳養成所
(2) マインツ大学応用言語・文化学科(ゲルマースハイム)
(3) ザールラント大学応用言語学・翻訳・通訳研究科
(4) デュッセルドルフ大学人文学部文学翻訳科
(以上、ドイツ連邦共和国)
(5) パリ第3大学 通訳者・翻訳者高等学院(E.S.I.T.)
(フランス共和国)
2 調査期間
2004年8月20日〜9月13日
3 インタビュー調査
・パリ第3大学 通訳者・翻訳者高等学院 翻訳部部長。(Prof. Israel)
・同高等学院の学生助手。(Antoni)
・ハイデルベルク大学翻訳・通訳養成所の修了生。(Frau Wuthenow)
4 各教育機関の詳細 <資料>
上記1の(1)〜(5)が<資料1>〜<資料5>にそれぞれ対応している。詳細はそちらをご覧いただきたい。
5 各教育機関の共通点
これらの教育機関の翻訳・通訳者養成プログラムに共通している点がいくつか見受けられたので、まとめておく。
1) 翻訳と通訳は別物であるという認識があること。特に通訳については集中力や記憶力など個人的な適性が大きな役割を占めるので(しかも必ずしも本人がそれを自覚しているとは限らないので)、候補者の選抜淘汰にはかなり厳しいものがある。
2) 語学は「完成している」ことが原則として出発点になっている。学生は相当の自助努力を要求されている。
3) 国内外での実習の機会を豊富に設けている。各機関がその国際的ネットワーク、実務家としての教師のネットワークを通じて学生に機会を提供していること。
4) 母語の表現力が非常に重視されるということ。このため現職の通訳者のための母語のコースなども提供されている。
5)プログラムを修了させるために課せられる試験が、質・量ともに厳しく、「出口」での修了生の質管理を行っている。
6 講評・まとめ
当然と言えば当然であるが、通訳者にも翻訳者にも言語の明晰さと厳密さが要求されており、内容の把握とそれを言葉に移し換えることとは別の次元であって、曖昧さや紋切り型の表現に逃げ込むことは許されないというのが徹底しているようである。どの教育機関でも、母語と外国語を常に並行して考えられるようにする訓練が重要視されており、翻訳・通訳は単に「語学に長けている」ことの延長線上には考えられないというのが常識のようであった。パリ第3大学E.S.I.T.のProf. Israelとのインタビューで聞いた「我々は語学教育はやらない。それが修了したところから始めている」という言葉が印象的であった。
ウテナウ氏がハイデルベルク大学通訳・翻訳者養成所を修了時には、数えてみると12もの筆記/口述試験を受けたことになると話してくれ、大変な難関を突破してきたことが今の自信につながっているようであった。彼女にとって課程中まず一番大変だったのは、メモをとるための記号を覚えることだったという。その後もずっと手を入れ続けている「表現カード」を見せてもらった。
パリ第3大学の学生の話によると、学期中は原則的に毎週15時間の授業とそれと同等の宿題が課されるということである。入学後も課程中を通じて、自分に適性がないとわかった学生はやめていくそうである。進級試験の失敗は1度はやり直しがきくが、何度も受けられるものではない。しかし、課程を修了して資格を取れば、優秀な翻訳者(通訳者)であることはお墨付きがあるというわけで「仕事が向こうからやってくる」そうである。学部長が言うには、過去数十年にわたり優秀な人材を送り出してきた実績があるので、パリ第3大E.S.I.T.の卒業生は就職には困らないということである。そこでは、実践家としての通訳・翻訳者の養成のために、第一線で活躍するプロに必ず教育に加わってもらうことや、学期中・長期休暇中を問わずE.S.I.T.の掲示板にどんどん来る求人広告に応募することで、実践経験を積む仕組みになっているようである。
また実践家の養成と、博士後期課程へ進む研究者養成とは一線を画している。マインツ大学のホームページに載っている定義や方針は示唆に富むものである。「翻訳学とは、コミュニケーション過程での翻訳の機能についての反省、翻訳の評価のための基準の獲得、目的的な調査を通じた翻訳活動の最適化を極める学問である。」
今回は調査時期が夏期休暇中であったため、担当者に会えないところがあったことと、授業見学ができなかったことが残念であった。